ローマ人の物語〈9〉― 賢帝の世紀



ローマ人の物語〈9〉― 賢帝の世紀
ローマ人の物語〈9〉― 賢帝の世紀

ジャンル:歴史,日本史,西洋史,世界史
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年に1冊のペースで書き下ろしているこのシリーズ。今回はローマ時代の「五賢帝」のうちトライアヌス、ハドリアヌス、アントニウス・ピウスの3人を取り上げている。トライアヌスは、ローマ帝国初の属州出身の皇帝であり帝国の版図を拡大する。ハドリアヌスは、トライアヌスが拡大した帝国内をくまなく巡察し統治システムをたて直す。最後のアントニウス・ピウスは帝国内の政治を充実させ、治世者というよりも帝国の父親役を見事に演じきった皇帝である。
おもしろいことにこの巻は著者の意外な愚痴が導入となっている。前々作の『悪名高き皇帝たち』に列記されていた皇帝たちとちがって、「賢帝」たちに当時のローマ人自身が心底から満足していた。それゆえに同時代に生きた歴史家タキトゥスたちが書く動機を失い、史料を残していないことを著者は嘆いてみせる。とは言いながらも、当時のローマ人が「黄金の時代」と言った時代を生み出した皇帝たちの治世の手法、人格、思考などのさまざまな側面を、残された史料から見事に再構築している。
そのひとつにトライアヌスの皇后プロティナが若きハドリアヌスを「可愛がった」ことについて、多くの歴史研究者が実際の関係を探ろうとして失敗しているという記述がある。それに対して塩野七生は、10歳は年上の女性が年下の男に「弱くなる」条件を提示し、2人の間に肉体関係はなかったと断言する。このくだりの説得力と筆述はまさに本書の醍醐味である。そしてトライアヌスの章の最後で、その肖像への語りかけに著者の最大級の愛情を感じる。(鏑木隆一郎)



人類の歴史の一つの頂点

トライアヌス帝はダキアを征服して帝国の版図を最大に拡大する。パルティアにまで攻めこんだが、それは失敗に終り力尽きる。皇帝に課せられた責務としては第一に安全保障、第二に属州の統治、第三に帝国全域のインフラ整備があった。これを果たすためには現地を知る必要があった。次のハドリアヌス帝は視察とそれを基にした整備整頓だけを目的とした大旅行を敢行し、帝国内をくまなく巡察する。そして次のアントニウス・ピウス帝は帝国の平和を維持し、ローマ帝国が一つの大きな家であり、帝国内に住む人はこの大家族の一員であることを確立した。
勢力の拡大は派手で目立つが、インフラ整備、ローマ法の再構築という地味な作業も大事であり、帝国民であることを自然に定着させるための平和の維持はもっと大切であることを示してくれている。まさに「黄金の世紀」だった。
人類がもっとも幸福であった時代の光と陰の物語

本書はギボンが「人類がもっとも幸福であった時代」であるとする五賢帝の時代のうち、トラヤヌス帝からアントニヌス・ピウス帝までを取り上げる。では、幸福すぎて何もドラマがない時代であったのか?そうではない。トラヤヌス帝によるダキア征服(そのためにドナウ川に常設の橋を作ってしまうローマの技術力には改めて感心させられる)、そして未完に終わったパルティア遠征、後を継ぐハドリアヌス帝登極を巡る謎、直後の四執政官経験者粛清事件、平和を維持するために帝国内をくまなく行脚するハドリアヌス帝(北アフリカでの兵士への演説は実に感動的な内容である)、その後継者がアントニヌス・ピウスに決まるまでの波乱、その一原因となった帝の寂しい晩年、そしてハドリアヌス帝が死後、暴君として元老院によって断罪されそうになり、アントニヌス・ピウスが必死に押しとどめたこと、といった具合に、ドラマティックな展開を列挙するのに事欠かない。そうでなければ、ユルスナールがトラヤヌス帝時代から始まるハドリアヌス帝の独白という形の「ハドリアヌス帝の回想」といった名著をものにすることなどできなかったであろう。本書を読まれた方は、是非「ハドリアヌス帝の回想」も読まれて、そこに漂う寂寞さを感じてもらえれば、この時代により親しみを持つことができるだろう。学者の書としては、南川高志教授が書かれた「ローマ五賢帝 『輝ける世紀』の虚像と実像」が実は元老院の最良の者を選抜するという名目の養子皇帝制など実は機能したことがないと喝破して大いに参考になる。そういった文献も踏まえてであろう、塩野氏は、この時代の光だけでなく陰の部分も丹念に、しかしわかりやすく描いており、本書は大いに推薦に値すると考える
ローマの頂点

本作では名高い五賢帝のうち、真ん中の3人(トライアヌス、ハドリアヌス、アントニヌス・ピウス)の物語です。

本シリーズの第1巻から繰り返し述べられてきた「ローマの開放性」が「黄金の世紀」として結実するのは、シリーズを通して読んできた方には感無量でしょう。「五賢帝時代」が素晴らしいのは、これらの皇帝たちの素晴らしい資質もさることながら、ローマ人が一貫して重視してきた価値観である「寛容」「融和」「公正」「平和」(本書p220でも紹介)が花開いた結果、ということではないでしょうか。

「かつて、ホメロスは謳った。地上はすべての人のものである、と。ローマは、詩人のこの夢を、現実にしたのである。」(本書p361)
「このローマ世界は、一つの大きな家である。そこに住む人々に、ローマ帝国という大家族の一員であることを日々思わせてくれる、大きな一つの家なのである。」(本書p388)

帝国内での往来は自由で、かつての敵であった属州との融和も急速に進行、帝国全土から優秀な人材を集め、彼らの中からは皇帝も生まれるようになった。(ユダヤは例外としても)それぞれの民族の文化は尊重され、自治や宗教が認められ、万民に公正な法の下での秩序が保たれている・・・2000年近く経った現代世界と比べてみたとき、人類は本当に進化しているのかと疑う気持ちが湧いてきます。

まさに、「世界帝国」にふさわしいローマの黄金時代を堪能しつつ、時代が求めた最高の人材と言うべき、賢帝たちの「諸行」を楽しみましょう。
平和の時代の歴史から何を学ぶか

毎年一冊の割合で出版されている塩野七生の「ローマ人の物語」も本書で9巻目となる。

8巻目の最後では、ネルヴァ、トライアヌスの二人の賢帝についてふれられていたが、その記述は意外とあっさりしたものだった。今回はそれに継ぐ三賢帝、即ちトライアヌス、ハドリアヌス、アントニウス・ピウスの3人の賢帝が主人公だが、先の二賢帝から一転して、著者の記述は詳細でしかも温かいものだ。

それは、この三賢帝が五賢帝の中でも特に優れていると評価が高く、ローマ帝国がその版図を最大にした時代のまさに絶頂期の皇帝であることに拠る。

賢帝の時代とは、即ちローマにとっての平和が築かれ、維持された時代である。平和の安定の時代とは歴史を物語として語る場合には決して素材として面白い時代ではないかもしれない。

しかし、著者は実は淡々として平和と安定を実現するために、これらの三賢帝がどのような施策を施したかを、鮮やかに描きだし、又、賢帝といわれる人々のその人間性に肉薄することによって、三賢帝の時代を、面白い物語として描き出した。流石の手腕ということができよう。

ローマの平和の礎となったのは、ローマ帝国が常に「安全保障」「国内統治」「社会資本の整備」に細心の注意を払ったからだといわれている。

国内統治の目的で行われたユダヤ人のエルサレム追放もこの時代に起きているわけだが、それが、その後2千年のユダヤ人のが「流浪の民」となった原因であること又、ローマ法の大幅な改編がなされたことなどを考えると、この時代のローマ史が、現代に与えている影響も実に大きい。

「平和と安定の維持」という命題は、現代の政治家にとっても大いに参考になるはずだ。このことを含めて「歴史に学ぶ」という言葉が、この「ローマ人の物語」を読むたびに、思い起こされる。
ローマ史の一つの頂点

”ローマ史”そして様々な皇帝の一般的な評価を鵜呑みにせず、原資料を使って丁寧に、しかも時には女性の視点から大胆に再構築して書く彼女のスタイルは、たとえ非常に原資料が少ないこの「賢帝の時代」でも見事に生きている。

ただこの本はこの本一冊で評価するよりやはり「ローマ人の物語9巻」として評価する方が正しいとのでかはないかと思う。興隆を続けてきたローマとその哲学がこの巻での一つの頂点を迎え、そしてこれから始まるであろう衰亡への第一歩をも予感させるこの巻は全15巻と言われる彼女の壮大な連作の中でも大きな意味を持つと確信している。



新潮社
ローマ人の物語〈8〉― 危機と克服
ローマ人の物語〈10〉― すべての道はローマに通ず
ローマ人の物語〈7〉― 悪名高き皇帝たち
ローマ人の物語〈11〉―終わりの始まり
ローマ人の物語〈6〉― パクス・ロマーナ




ローマ人の物語〈9〉― 賢帝の世紀

ローマ人への20の質問 (文春新書)

ローマ帝国 (岩波ジュニア新書)

ローマ帝国 (地図で読む世界の歴史)

ローマ帝国の神々―光はオリエントより (中公新書)

ローマ帝国愚帝列伝 (講談社選書メチエ)

ローマ帝国衰亡史〈1〉五賢帝時代とローマ帝国衰亡の兆し (ちくま学芸文庫)

ローマ帝国衰亡史〈2〉第11‐16章 ディオクレティアヌスとキリスト教の展開 (ちくま学芸文庫)

ローマ帝国衰亡史〈8〉マホメットとサラセン帝国 (ちくま学芸文庫)

ローマ帝国衰亡史〈9〉十字軍と頽勢のビザンティン文明 (ちくま学芸文庫)




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